釧路地方裁判所帯広支部 平成7年(ワ)114号 判決 1997年3月24日
原告 河合弘子
被告 北海道厚生農業協同組合連合会
主文
一 原告と被告との間において、被告が平成六年三月二〇日にした、原告に被告の総合病院帯広厚生病院中央材料室で副看護部長待遇として勤務することを命ずる旨の命令が無効であることを確認する。
二 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
五 この判決は、第二項及び第四項の原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文第一項と同旨
二 被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成七年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告に対し、被告が被告の総合病院帯広厚生病院において発行する広報及び同病院内に設置された人事異動掲示板に別紙一記載の内容の謝罪広告を別紙二記載の条件で各一回掲載せよ。
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対し、被告の命じた配転命令が無効であることの確認を求めるとともに、不法行為に基づき損害賠償及び名誉回復措置としての謝罪広告の掲載を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 被告は、農業協同組合法に基づいて設立された医療に関する事業及び保健に関する事業等を目的とする法人であり、総合病院帯広厚生病院(以下「帯広厚生病院」という。)を経営する。
原告は、昭和四三年四月一日、看護婦として被告に雇用され、以後帯広厚生病院において看護業務等に従事しており、昭和五六年四月に副総婦長の発令を受け、平成六年三月二〇日当時、健康管理業務担当副総婦長の地位にあった。また、原告は、昭和四三年四月一日、北海道厚生農業協同組合連合会労働組合(以下「訴外組合」という。)の組合員となった。
2 被告は、平成六年三月二〇日、原告に帯広厚生病院中央材料室(以下「中央材料室」という。)で、同日の組織変更の結果、副総婦長を改めた副看護部長待遇として勤務することを命じた(以下、右の命令を「本件配転命令」という。)。
3 中央材料室は、医療材料、器具類等の供給管理、消毒、滅菌等を主たる業務とする部署であり、本件配転命令当時、看護助手のみが配置され、看護婦は配置されていなかった。
二 争点
1 本件配転命令の効力
(一) 就業規則違反
原告は、本件配転命令が就業規則上の懲戒事由のないにもかかわらずされた降職という懲戒処分であるから無効であると主張し、被告は右命令は懲戒処分に該当しないと主張してこれを争う。
(二) 労働協約違反
原告は、本件配転命令が労働協約上の人事協議条項に従った訴外組合との協議をすることなくされたものであるから無効であると主張し、被告は、右命令について訴外組合から異議の申立てがなく、被告に協議義務はないと主張してこれを争う。
(三) 人事権濫用
原告は、本件配転命令が人事権を濫用してされたものであり、原告の個別的同意もないから無効であると主張し、被告は右命令について人事権を濫用してされたものではないと主張してこれを争う。
2 原告の損害
原告は、本件配転命令が原告の名誉その他の人格権を侵害するものであり、これにより著しい精神的苦痛を受けたので、右精神的苦痛に対する慰謝料としては五〇〇万円が相当であると主張し、被告はこれを争う。
3 名誉回復措置の必要性及び相当性
原告は、本件配転命令によってその名誉を著しく毀損されたので、その回復のために謝罪広告の掲載を命ずることが必要かつ相当であると主張し、被告はこれを争う。
第三判断
一 前記争いのない事実並びに証拠(甲一、二の一及び二、三から一三まで、一四の一から五まで、一五の一から八まで、一六から一八まで、乙一並びに証人小松茂視、同高田ユキ及び原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件配転命令の経緯等について、以下の事実が認められる。
1 帯広厚生病院看護部の組織
帯広厚生病院看護部は、保健婦又は助産婦資格の併有者も含めた看護婦、准看護婦及び看護助手の看護婦職を中心に構成されており、本件配転命令以前は、看護婦の中から、総婦長一名、副総婦長四名のほか、所定部門に婦長及び主任看護婦(以下「主任」という。)が配置されていた。そして、同部の指揮命令系統上は、最上位に総婦長が、その下に副総婦長、婦長、主任、その他の看護婦(以下「一般看護婦」という。)、准看護婦及び看護助手がそれぞれ右順序に従って位置づけられていた。
被告は、平成六年三月二〇日、同部の組織を変更し、従前の総婦長、副総婦長の地位をそれぞれ看護部長、副看護部長に改め従前の右地位にあった者を変更後の相当する地位につけたが、原告については、副看護部長とすることなく、本件配転命令により副看護部長待遇として中央材料室で勤務することを命じた。
2 原告の経歴等
(一) 原告は、昭和四二年三月に埼玉県毛呂病院高等看護学院を、昭和四三年三月に群馬大学付属助産婦学校をそれぞれ卒業して看護婦及び助産婦の資格を取得し、同年四月一日、看護婦として被告に雇用され、以後、帯広厚生病院看護部において看護業務等に従事してきた。昭和四九年三月には帯広高等看護学院保健婦科を卒業して保健婦資格を取得し、さらに昭和五四年九月には京都仏教大学通信課程社会福祉学科を卒業した。また、昭和四三年四月一日、訴外組合の組合員となった。
なお、原告が被告に看護婦として雇用されるに際しては、特に勤務部署等を限定する旨の約定はなかった。
(二) 原告は、昭和四三年四月から帯広厚生病院産婦人科病棟に勤務し、昭和四七年二月に主任の発令を受けた。次いで、昭和五〇年一二月に婦長の発令を受けて内科病棟担当となり、昭和五四年四月には外科病棟に、昭和五五年四月には外科病棟兼ICU病棟にそれぞれ担当部署が変更された。さらに、昭和五六年四月、副総婦長の発令を受けて教育担当を命ぜられ、昭和六〇年には業務担当を命ぜられた。
(三) その後、原告は、昭和六二年八月一日、同病院健康管理センターにおいて健康管理事業担当副総婦長として勤務することを命ぜられ(以下、右の命令を「前件配転命令」という。)以後、本件配転命令まで同センターにおいて勤務していた。
なお、原告の右職務は、被告と訴外組合との間の賃金協定上では看護婦職の等級2、すなわち、一般管理的な監督のもとに自らも業務を担当するとともに、下位者を指導監督し、規程に定められた範囲内で所管業務を実施運営し、実質的な責任を有する職務に該当していた。そして、右協定上の上位等級移行基準によれば、看護婦が右等級に移行するためには等級4の在級年数七から八年及び等級3の在級年数一五年を経ることが必要とされている。
3 前件配転命令の経緯
(一) 被告は、昭和六〇年九月ころ、帯広厚生病院の西鳥羽総婦長の定年退職に伴う後任人事を検討していたが、その際、最古参の副総婦長である原告が後任総婦長の有力候補者とされていた。
しかし、原告の管理能力、協調性、職員相互及び他部門との連絡調整能力、部下に対する配慮などに問題があること、原告の同僚、部下らの間にこの点を理由として総婦長昇格に反対し、原告が総婦長になるなら退職するという者もあったことから、被告は、昭和六二年八月一日、西鳥羽総婦長の後任として高田ユキ(以下「高田」という。)を総婦長に任命し、原告には前件配転命令をした。
(二) これに先立つ同年七月二〇日、当時の石丸院長は、原告に右人事異動の内容を通告するとともに、原告の勤務状況等に関連して、特に部下が仕事を進める上で困っていることや悩んでいることを的確に理解して早期解決を図ることにより患者に喜ばれる環境を作ってほしいこと、患者の身になってどうしたら患者の幸せにつながるのかを考えてほしいこと、持っている能力、素質が何らかの関連で発揮されず失われているのでこれを回復してほしいこと、これからの医療は患者との心の結びつきを大事にすべきであって、看護においても相互の結びつき、思いやり、気配りなどが必要であるところ、原告については、部下から見るとそれらのことが感じられず、患者優先の看護を作って行くのが困難な状況にあると考えていることなどを伝えた。
(三) また、被告は、右配転命令後の健康管理事業担当副総婦長の業務分掌を次のとおりとし、その内容は、同月三一日、石丸院長を通じて原告に伝えられた。
(1) 健康管理業務
<1> 健康管理センターの管理、運営に関する関連部門との調整
<2> 成人病検診、巡回診療等の諸健診にかかわる受診者の受入れ、調整に関する事項
<3> 検診事業にかかわる地域市町村等との連携に関する事項
<4> 健康管理における地域への啓蒙、講演活動に関する事項
(2) 病院の現況から見た緊急的施策事項の企画立案
<1> 納得して診療を受けられるための患者環境を院内に育てるための企画立案
<2> その他の特命事項
4 本件配転命令の経緯
(一) 原告の勤務状況、管理能力等
(1) 小松茂視は、平成四年三月二〇日から帯広厚生病院に事務長として着任し、平成六年三月二〇日から組織変更により名称の改められた同病院事務部長となったが、事務長着任以降、原告の勤務状況、管理能力等につき、総婦長、業務担当副総婦長をはじめとする看護部及び事務部門の管理職から事情を聴いていた。
その結果、原告については、前件配転命令の際に判明した事情のほか、独善的であり部下からの信頼がないこと、部下の業務遂行に当たっての調整がされていないこと、部下に対する管理がされていないこと、看護部内における会議、ミーティング、他部門との調整等において協調性がないことなどの問題点のあることが指摘された。また、健康管理事業担当総婦長の具体的職務についても、医事課等の他部門と健康管理センターとの連携が円滑にされてないこと、健康管理についての地域への啓蒙、講演活動に関しては原告がこれを直接行わず主任が中心となって行っていること、患者サービスの企画と実践に関しても、必要とされたインフォメーション業務を健康管理センターとして組織的に実施していないことなどが指摘された。
(2) さらに、その際、部下に対する管理がされていなかったことの具体的事例として、研修会等で提示された事例における健康管理センター職員の指導内容が患者の努力を認めない非常に厳しいものであり、帯広厚生病院における患者中心の看護という基本方針に反するものであったこと、この点に関連した患者からの苦情もあったこと、それにもかかわらず、原告がこの点について問題意識を持ち、部下の指導を実施した形跡は窺われなかったことなどの事実が指摘された。また、他部門との連携が円滑にされていなかったことの具体的事例として、看護婦の人員配置に支障を来した時期に健康管理センターの受診者のいない土曜日について外来、病棟の応援や保健指導の実施等に関する調整を求めても原告がこれを受け入れなかった事実が指摘された。
(3) しかしながら、他方では、被告は原告の看護婦としての実務能力自体については大きな問題はないものと把握しており、原告に職場秩序を大きく乱したり、職務上の指示命令を拒否するなどの問題行動もなかった。また、協調性がないこと、部下の管理ができていないことなどについても、被告が管理職等を通じて具体的に事実関係を確認したり、是正を求める指示を出したりしたことはなく、むしろ、看護部長である高田は、部下に対する指導が不十分である点についての業務担当副総婦長の意見を原告が受け入れない旨の報告を受けたにもかかわらず、自ら原告に対する指導をすることもなく、また同副総婦長から看護部の応援を原告から断られたと報告を受けても何らの対応もしていない。さらに、健康管理事業担当副総婦長の職務に関しても、啓蒙講演活動について主任中心で行ったこと自体により不都合が生じたことはなかったほか、指摘された問題点を医事課をはじめとする他部門との調整なしに原告又は健康管理センターのみで是正することの可否、本件配転命令後における右問題点の是正の有無などについて、被告が確認をした形跡も窺われない。これに対し、原告は、昭和六二年九月に「患者本位の病院づくりをめざして」と題する研修会に参加するなどして、患者に対する十分な説明と納得のいく医療等への取り組みをする姿勢も示している。
(二) 中央材料室の状況
(1) 中央材料室は、本件配転命令当時、医療材料、器具類等の供給管理、消毒、滅菌等を主たる業務とする部署であり、右業務の具体的内容は、注射器、ピンセット、鉗子立て等の洗浄、滅菌及び払出し、カテーテルの洗浄及び乾燥、滅菌した器具等の取出し及び収納、ガーゼ、鋏、ピンセット、糸等の医療材料及び器具類の準備などであった。
(2) 帯広厚生病院では、昭和六一年以前は中央材料室にも看護婦が配置されていたが、看護婦不足が深刻であったことや業務自体も比較的単純なものであったことなどから、昭和六二年以降看護婦は配置されておらず、本件配転命令当時も看護助手七名が配置されているのみであった。また、中央材料室は、看護部の組織上では外来部門に位置づけられており、外来担当婦長が責任者となって、外来担当者を通じて看護助手に対する労務管理を行っていたが、看護部の中では比較的独立性の強い部門であった。他方、右部署における通常の業務運営に関わる内容についての問題点の改善等を図るために中央材料室運営委員会が設置されていたが、年に数回開かれる程度で必ずしも十分な機能を果たしていなかった。
(3) しかしながら、医療材料、器具類等の供給管理が円滑にされなければ医療の実施に直ちに支障が生じ病院機能が麻痺するおそれがある上、その消毒、滅菌が不十分であれば院内感染という重大な結果をもたらす可能性もあるため、中央材料室も病院運営上、重要な部門であること、本件配転命令当時、被告の経営する他の病院や公立病院の多くには同様の部門に看護婦を専任又は兼任として配置していたこと、中央材料室に看護婦を配置することにより直接の労務管理が可能となることなどから、被告は中央材料室に看護婦を配置することを検討していた。
(三) 本件配転命令の発令
(1) 被告は、原告の勤務状況、管理能力等に関する調査の結果、原告には管理職としての管理能力が欠如しているものと判断し、業績にも問題のあることが指摘されたことから、原告は看護部等の管理職の信頼を得られておらず、原告を看護部の通常の指揮命令系統内に配置することは帯広厚生病院の組織運営上重大な支障が生ずるおそれがあるものと判断した。そこで、原告については患者や看護婦との接触が比較的少ない部署への配置が適当であると考え、従前看護婦の配置がなかった中央材料室において看護助手の労務管理等を行うとともに、右部署における業務改善を図る必要性も大きかったことなどから、原告を看護部の通常の指揮命令系統から外した上で、中央材料室に勤務させることが、円滑な組織運営のために必要な措置であると判断した。
(2) そこで、被告は、平成六年三月一七日、原告に中央材料室で副看護部長待遇として勤務することを命ずる旨の内示をした上、同月二〇日、本件配転命令をした。
(3) なお、被告の就業規則には、従業員は業務遂行上転勤又は担当業務の変更を命ぜられることがあり、正当な理由なくこれを拒んではならないことが定められている。
(四) 本件配転命令後の原告の職務内容
(1) まず、原告は、本件配転命令により、副看護部長待遇としての勤務を命ぜられているところ、右副看護部長待遇は、給与その他については副看護部長と同等に扱われるが、看護部長からの委任事項等の処理権限や看護部長不在時の代行権限等がないことなどの点で副看護部長よりも権限が縮小されており、看護部の業務に従事していないとして副看護部長に認められている婦長会議、婦長ミーティング、婦長・主任伝達報告会、各科の連絡会議、代表者会議等への出席も認められていない。また、看護部内の指揮命令系統上の位置づけについては、当初明確ではなかったものの、最終的には、看護部長の直轄下におかれ、その下に中央材料室の看護助手が配置されることとされた。
(2) 次に、原告は、本件配転命令により、中央材料室における勤務を命ぜられているところ、その職務内容については、中央材料室の業務を担当すること、中央材料室に勤務する看護助手の労務管理を行うこと及び中央材料室の運営委員会に出席することである旨の指示を被告から受けている。
(五) 本件配転命令後の状況
(1) 被告は、本件配転命令の際、原告に対し、従前使用していた副総婦長の肩書入りネームプレート、副総婦長のナースキャップ・バッチ、主任看護婦以上に与えられる襟章の返還を求めた。他方、被告は、本件配転命令直後に、原告に対し、副看護部長待遇の肩書入りネームプレートを交付した。
次に、被告は、看護部職員に対し、従前使用していた「河合婦長」との呼称を使用せず、「河合さん」と呼ぶように指導したが、これは、原告が婦長の地位を失ったため、婦長と呼ぶことは相当ではないとする趣旨のものであり、副看護部長待遇という職位をつけて呼ぶことを否定する趣旨のものではなかった。
(2) また、看護部長が作成させた帯広厚生病院における平成六年四月一日現在の看護科勤務配置表には、原告が一般看護婦と同じ位置に記載されていたほか、同年四月に作成された看護部における二階チーム連絡網、同年四月から六月にかけて作成された中央材料室におけるチーム勤務割表及び業務に関する報告書等、同年六月一六日付けで作成された平成六年チーム目標及び個人目標と題する書面などにおいて原告の氏名が看護助手である曽我節子(以下「曽我」という。)の下に記載されていた。
(3) 他方、被告は、当初中央材料室における原告の職務及び権限について明瞭に定めておらず、看護部長及び中央材料室にも原告の地位、職務内容を説明していなかった。そのため、原告は、本件配転命令直後、中央材料室において曽我からその職務について指示を受ける状況にあり、右部署での看護助手に対する労務管理等を実行することができなかったため、平成六年四月二六日ころ、被告代表理事に対し、文書をもって、本件配転命令の理由を確認するとともに、本件配転命令を撤回し原状回復をすることなどの是正措置を求めた。これに対し、被告は、同年六月六日、本件配転命令は、原告の総合的な能力を評価したもので、通常行われる事業主の人事権の正当な行使であるとの回答をする一方、同年七月一日から原告の中央材料室の責任者としての地位を明確化する是正措置を講じた。また、本件配転命令直後には、中央材料室が外来部門に位置づけられたままであったため、外来担当婦長が外来担当主任を通じて副看護部長待遇である原告に対する指示を行うという状況が生じたが、この点も、平成六年九月一九日、中央材料室を外来部門から独立させ、看護部長の直轄下に置く組織変更をすることにより是正された。
(4) なお、原告は、本件配転命令について訴外組合に調査を依頼し、同組合が被告に確認したところ、本件配転命令は降格人事であるとの回答があり、原告にも同組合からその旨の回答がされたが、それ以外に同組合が被告と交渉等をしたことはない。したがって、組合としての異議申立てもされていないし、被告と同組合との協議もされていない。
二 就業規則違反の主張について
まず、原告は、本件配転命令は就業規則上の懲戒事由がないにもかかわらず、降職という懲戒処分を行ったものであるから無効であると主張するが、一般に、懲戒処分とは、従業員の企業秩序違反行為に対する制裁罰であることが明確な労働契約上の不利益措置を指すものと解されるところ、前記認定の事実によれば、本件配転命令は、原告の能力及び勤務状況等の評価、中央材料室への配転の必要性などを前提とする配転命令として行われたものであり、企業秩序違反行為に対する制裁罰としての不利益措置とはいえないから、これをもって懲戒処分がされたものと認めることはできず、したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
三 労働協約違反の主張について
1 次に、原告は、本件配転命令は訴外組合との労働協約上の人事協議条項に従った協議がされていないものであるから無効であると主張するので、この点について検討する。
2 まず、被告と訴外組合との間の労働協約においては、被告は人事異動を行うときは事前に本人に通知し、この場合には正当な理由なくこれを拒んではならないこと、訴外組合から異議を申し立てた場合には被告は訴外組合と協議することが定められている。
3 しかしながら、本件配転命令についての訴外組合と被告の協議、交渉等は前記のとおりであり、これによれば、本件配転命令について被告に前記労働協約に基づく協議義務は生じていないというべきであり、右協議義務の存在を前提とする原告の労働協約違反の主張も理由がない。
四 人事権濫用の主張について
さらに、原告は、本件配転命令は人事権を濫用してされたものであり、原告の同意もないから無効であると主張するので、この点について検討する。
1(一) 前記認定のとおり、被告の就業規則には、従業員は業務遂行上転勤又は担当業務の変更を命ぜられることがあり、正当な理由なくこれを拒んではならない旨定められていること、原告が被告に看護婦として雇用されるに際し、特に勤務部署等を限定する旨の約定のなかったことが認められる。したがって、被告は、少なくとも右範囲内において、同意がなくとも原告に配転を命ずることができ、業務上の必要性に応じ、その裁量によって原告の勤務場所等を決定することができるというべきである。
(二) しかしながら、右被告の配転命令権も無制限に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないのであって、被告の配転命令権の行使が人事権の濫用に当たる場合には、当該配転命令は無効であるものと解される。
そして、右人事権濫用の有無の判断は、労働力の適正配置、業務の能率増進、従業員の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など事業の合理的運営という見地からの当該配転命令の業務上の必要性と、その命令がもたらす従業員の不利益との比較衡量によって行われるべきである。そして、右業務上の必要性を判断するに当たっては、当該人員配置の変更を行う必要性とその変更に当該従業員を充てることの合理性を考慮すべきであって、当該配転命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなどには、右配転命令は人事権の濫用に当たるものと解するのが相当である。
なお、原告のような管理職の配置に関する業務上の必要性については、特に当該職員の能力、適性、経歴、性格等の諸事情のほか、組織や事業全体の運営を勘案した総合的見地からの判断がされるべきである。
2 そこで、右見地から、本件配転命令が人事権の濫用に当たるか否かについて検討する。
(一)(1) 前記認定の事実によれば、まず、原告の勤務状況、管理能力等に関しては、前件配転命令当時から管理職としての管理能力、協調性、職員相互や他部門との連絡調整能力、部下に対する配慮などにいずれも問題のあることが指摘されており、原告は帯広厚生病院の石丸院長からも右配転命令に先立ち問題点の是正を求められていること、それにもかかわらず、その後においても右の点について十分な是正が図られず、依然として、独善的であり部下からの信頼がないこと、部下の業務遂行に当たっての調整がされていないこと、部下に対する管理がされていないこと、看護部内における会議、ミーティング、他部門との調整等において協調性がないことなどの問題点が指摘され、また、健康管理事業担当総婦長の具体的職務についても、医事課等の他部門と健康管理センターとの連携が円滑にされていないこと、患者サービスの企画と実践に関し必要とされたインフォメーション業務を健康管理センターとして組織的に実施していないことなどの指摘がされていること、そのため、被告は原告が看護部等の他の管理職からの信頼を得られておらず、原告を看護部の通常の指揮命令系統内に配置することは帯広厚生病院の組織運営上重大な支障が生ずるおそれがあると判断し、原告については患者や同僚との接触が比較的少ない部署への配置が適当であると考えられたことがそれぞれ認められる。
(2) 次に、中央材料室の状況に関しては、帯広厚生病院では、昭和六一年以前は中央材料室にも看護婦が配置されていたが、看護婦不足が深刻であったことや業務自体も比較的単純なものであったことなどから、昭和六二年以降看護婦は配置されておらず、本件配転命令当時も看護助手七名が配置されているのみであったこと、右当時、中央材料室運営委員会も十分な機能を果たしていなかったこと、医療材料、器具類等の供給管理が円滑にされなければ医療の実施に直ちに支障が生じ病院機能が麻痺するおそれがある上、その消毒、滅菌が不十分であれば院内感染という重大な結果をもたらす可能性もあるため、中央材料室も病院運営上、重要な部門であることや本件配転命令当時、被告の経営する他の病院や公立病院の多くには看護婦を専任又は兼任として配置していたこと、中央材料室に看護婦を配置することにより直接の労務管理が可能となることなどから、被告は中央材料室に看護婦を配置することを検討していたこと、右部署は看護部の中では比較的独立性の強い部門であったことがそれぞれ認められる。
(3) そして、以上の事実に照らせば、原告について、前記認定のとおり、原告を看護部における管理職としての権限を大幅に縮小した上、右部門における通常の指揮命令系統から外すべく、看護部長の直轄下の副看護部長待遇として、中央材料室における看護助手に対する労務管理、業務改善等に従事させたことには、労働力の適正配置、業務の能率増進、業務運営の円滑化など病院業務全体の合理的運営に寄与する点が認められ、その意味で、本件配転命令について、一応の業務上の必要性の存在を肯定することができないわけではない。
(二)(1) しかしながら、他方、前記認定の事実によれば、被告は、原告の看護婦としての実務能力自体については大きな問題はないものと把握していたこと、原告に職場秩序を大きく乱したり、職務上の指示命令を拒否したりするなどの問題行動もなかったこと、原告の協調性がないことや部下の管理ができていないことなどの問題点についても、これまでに被告の管理職等を通じての具体的事実関係の確認や是正を求める指示は限られた範囲で行われたにすぎず、原告に対して適切な指導、助言を行い、その管理能力について反省、改善を促すこともしていなかったこと、さらに、健康管理事業担当副総婦長の職務に関しても、啓蒙、講演活動に関する事項について主任中心で行ったとの指摘があったものの、このこと自体により不都合が生じたことはなかったこと、石丸院長から指摘された問題点も、従来の健康管理事業を改善するために期待されたものであり、医事課をはじめとする他部門との調整を要する面が多く、原告又は健康管理センターのみで是正することの可否、本件配転命令後における右問題点の是正の有無などについて、被告が確認をしまた指導した形跡も窺われないこと、原告は研修会に参加するなどして患者に対する十分な説明と納得のいく医療等への取り組みをする姿勢も示していることがそれぞれ認められ、また、原告が看護婦として副総婦長にもなり約一三年間もその職にあり、また総婦長の候補にもなったことを考慮すると、原告の管理能力等の問題点が、看護部から外し、本件配転命令による権限縮小を要するまでの重大なものであったということはできず、また、その改善自体も困難であるとは認めることができないところ、原告を看護部の通常の指揮命令系統から排するまでの必要性があったものと認めることはできない。
(2) また、前記認定の事実によれば、本件配転命令においては、原告を通常の指揮命令系統から外すための最適な部署として中央材料室が選択されたとみる余地はあるものの、中央材料室自体、医療材料、器具類等の供給管理、消毒、滅菌等の比較的単純な業務を担当し、昭和六二年以降看護助手のみで運営されていた部署であった上、前記認定の原告の中央材料室における職務内容についてみても、その管理職としての権限は大幅に縮小されているほか、その職務自体も高度の知識、能力等を要求されるものとは到底いえないものであって、前記認定の原告の経歴、能力、従前の地位等に照らすと、少なくとも右職務内容の遂行のために右部署に原告を選定して配置しなければならない業務上の必要性があったとは認められない。
(三) 一方、前記認定の本件配転命令による原告の権限及び職務内容は後に是正された部分も含めて、原告の経歴、能力、従前の地位等に照らすと、その権限を大幅に縮小され、また原告は病院内の情報に接することも困難な状況下に置かれるとともに、中央材料室における単純な職務に従事することを余儀なくされ、これにより看護婦としてこれまで培ってきた能力を発揮することもできず、その能力開発の可能性の大部分をも奪われたばかりでなく、何らの具体的理由を説明されず、また弁明の機会を与えられないまま一方的に不利益な処遇を強いられた上、その社会的評価を著しく低下させられ、その名誉を著しく毀損されるという重大な不利益を被ったものというべきである。
3 以上の諸事情を総合考慮すれば、本件配転命令はその業務上の必要性が大きいとはいえないにもかかわらず、原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであり、人事権の濫用に当たるものであって、無効であるといわざるを得ない。
なお、被告が本件配転命令の理由として主張する原告の管理職としての適性及び管理能力の欠如とその結果としての業績不良の点に関し、前記認定の事実のほかに右配転命令の効力等に影響を及ぼす事実があったことを認める証拠はない。また、原告は、本件配転命令は被告が原告の総婦長昇格を阻止し、あるいは依願退職させる目的で行った恣意的なものであるとも主張するが、右配転命令が右のような目的からされたものであることを認めるに足りる証拠はない。さらに、前記認定の本件配転命令後の事情についても、それ自体による原告の不利益は必ずしも大きくないものとみられる上、早期にその是正が図られていることに照らせば、これをもって本件配転命令の効力等に影響を及ぼすものとは認められないし、前記認定の事実のほかに本件配転命令の効力等に影響を及ぼす事実があったとも認められない。
五 原告の損害
前記認定の事実によれば、原告は、本件配転命令によりその名誉を著しく毀損されるなど重大な精神的苦痛を被ったことが認められ、前記認定の本件配転命令をめぐる一連の状況を考慮すると、原告の右精神的損害に対する慰謝料としては一〇〇万円が相当である。
六 名誉回復措置の必要性及び相当性
前記認定の事実に照らせば、原告の名誉毀損については前項で認容した慰謝料の支払をもって填補され得るものというべきであり、それ以上に謝罪広告等を行う必要性は認められない。
七 以上によれば、原告の請求は、本件配転命令が無効であることの確認及び不法行為に基づく損害賠償としての一〇〇万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 平賀俊明 渡邉和義 笠井之彦)
別紙一、二 省略